Dec 11, 2015

新自由主義の翻訳由来

池田信夫氏の解説「新自由主義をめぐる誤解」にわかりやすい解説があった。

「シカゴ学派の自由主義」と「ネオリベラリズム(Neoliberalism)」のどちらを指しているのか明示しないと混乱を招くという意味だ。

シカゴ学派(自由主義者たち)に学んだ経済学者西山千明氏が、1970年に「シカゴ学派の自由主義」を、「新自由主義」と呼んだ。

一方、David Harvey氏(マルクス主義的な地理学者らしい)の"A Brief History of Neoliberalism"(2005年)を「新自由主義―その歴史的展開と現在」と訳した渡辺治氏(一橋大学、日共スターリン主義者らしい)ら翻訳者が、同一呼称を用いて混乱を招いていると西山千明氏が指摘しているという。

しかし、"neo-"は、「新-, 復活-, 近代の-」という意味で、これは素直な訳。西山千明氏が、「本家自由主義」とか「本流自由主義」とか「元祖自由主義」とか呼べばよかったのではないかとも思う。

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左翼思想の人や、権威主義(政府による既得権の維持派、社会主義とそのなれの果て共産主義、軍国主義)の人からすれば、敵対する自由主義者に「新自由主義」のレッテル張りをすることで、自分たちの政治的既得権を維持を最優先し、その一方で赤字国債や増税で国民の自由そのものを奪っても、まったく気にしないのだろう。

左翼思想や権威主義は、自分では庶民の味方というが、政治実体は権力に胡坐をかき庶民から搾取する形になり果てる思想であることとは、20世紀の歴史が証明している。

自由主義者が、その思想の手本になる生き方をしようと思えば、自分の責任で自立をしなければならないという厳しいストイックな状況に追い込まれる。自由主義は、軟弱な人間には耐えられない思想である。また、強い人間でも時には風邪をひいたりする、そんなとき、自由主義の厳しさを感じるのだ。それに備えて貯蓄したり保険が必要なのだ。しかし、大多数の人は、将来を考えず、お金があればあるだけその日のうちに使い果たしてしまうのだ。最低限の範囲の健康保険、失業保険、老齢年金、障害年金、生活保護の制度を、国家が強制加入で用意するのは、そういう困った人たちに対策するためにあるのだ。

悔しいのだが、この地上に生きる人間に与えられた物質資源という現実からは、今のところ自由主義よりうまくいく方法論が無いのだ。

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